ピアノ

誰の曲でも演奏中はあなたの曲

 

世の中にはたくさんの曲が溢れ、その全部に意味があります。
世間では、というか音楽の大学やコンクールなどでは、
その曲を作った作曲者の意向や意思を汲み取ることこそ最高の音楽みたいな風潮ですが
私はそうは思いません。

 

例を出しましょう。
ショパンのエチュード、革命(op10-12)を今あなたが練習しているとします。

 

うまい人、テクニックのある人、たくさんいますよね。
あなたがどのレベルを目指して練習しているのかはわかりませんが、
その人と同じように弾いても、必ず自分なりの革命を探しているはずなんです。
むしろ、自分なりの革命を弾けないならそれって音楽なんですか?

 

のだめカンタービレってアニメはそれを非常によく捉え、考えさせていると思います。
人とは違う、でも、その人と違う部分がいい。
これがあなたの個性であり、あなたの音楽であると、私は思うわけです。

 

さて、そうなってくるとコンクールにおける
作曲者の意思、その時代背景や心情を理解し、それを演奏する
これって音楽家なんでしょうか?

 

非常に狭い範囲の議題ではありますが、コンクールに音楽家の本質はないと思います。
昔の人を崇拝しすぎだし、自分を忘れることこそ至高な世界に音楽はないと私は思います。

 

あなたがある曲を弾いているとき、その曲をあなた好みに楽しく演奏する。
演奏中は、どんな曲でもあなたの曲です。作曲者のものではない。
仮に私が作曲した曲を誰かが弾いてくれるとして、私の意思を汲み取ってほしいか?
そうは思わないと思うんです。

 

弾き手の方に感じてもらったまま、もっと美しい響きだったり、壮大なイメージを取りいれてもらったり。
その方の好きなように弾いてもらってこそ、曲も生まれた意味があると思います。

 

この曲、どう弾いたら一番きれいかな、かっこいいかな。
これを考えることが一番であり、それこそが音楽家の持つべき思考回路だと私は思うのです。


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